ただただ「傾聴」されるよりも、いろいろ「反応」してもらえたほうが嬉しい

こんにちは。聞き手の井原です。

話を聞いてもらう時は、ただただ「傾聴」されるよりも、いろいろ「反応」してもらえた方が嬉しい、という話をします。

私は、ここでは「聞き手」として活動していますが、プライベートでは「話し手」でもあります。
(私自身、カウンセリング、コーチング、コンサルなどを受けていますし、特にここ3年間くらいは、週2回以上のペースで、月12時間程「話し手」になりますので、ベテランの「話し手」といってもいいかもしれません)

このように、数々のセッションを体験しているわけですが、
私は、「話し手」として、満足するセッションと、満足しないセッションには、明らかな違いがあると感じています。

それは、聞き手の方が、「いろいろ反応してくれるかどうか」という点です。
(人それぞれ好みがありますので、一意見として読んでいただけると幸いです)

ここでいう、「いろいろ反応してくれる」とは、心理学的にいうと、「反映」「支持」「間主観的アプローチ」的な応答のことを指します。

例えば、私が、

「昨日、上司に怒られちゃって。その内容というのが、一昨日言われたのと全く同じ内容なんですよ。上司ったら、昨日言ったことを忘れてるのか、機嫌が悪くて誰かをいびりたかったのか、同じこと2日続けて言うんですよ。“昨日、聞きました”なんて言えませんから、黙って30分くらい聞いてましたけど、本当笑っちゃいますよねぇ。」

と話したとします。

これに対して、
「傾聴」だけだと、
「はい、はい、そうですかぁ。」「えぇ、えぇ。」「そうだったんですねぇ。」となります。

「反映」を使うと、
「えぇ、そうだったんですねぇ。」
「今、“笑っちゃいますよね”と言われましたが、声色は怒っているようにも聞こえましたが、いかがですか?」(感情の反映)
となります。

「支持」を使うと、
「えぇ?そんなことがあったんですか?」
「だけど、○○さんは、そんな状況でも、上司の顔を立てようと、“昨日、聞きましたよ”とは言わず黙って聞いておられたんですかねぇ?」となります。

「間主観的アプローチ」を使うと、
「えぇ?そんなことがあったんですか?」
「上司に何があったかわかりませんけど、そんな状況になったら、腹が立ちますよねぇ。僕だったら、「同じこと何回も言うんじゃねぇ!部下のことをちゃんと考えてるのか!」って怒りたい気持ちになりましたけど、これを聞いてどう感じられましたか?○○さんも同じような気持ちでしたか?」となります。

私たちは、自分が話していることを、ただただ「傾聴」されるよりも、相手がどう感じたかなどの「反応」がほしいと感じるものです。

「話し手」の主観に、「聞き手」の主観が交わると、より客観性の高い「間主観性」が生まれます。そのことにより、「話し手」は自分の話している内容、認識しているその世界を、より客観性が高い状態で認識できるようになります。

このことが、「話し手」にとって、話した手応えに感じられ、より自己理解が深まったり、癒されたりする体験につながるのです。

今日は、ちょっとマニアックな内容になりましたが、
話を聞いてもらう時は、ただただ「傾聴」されるよりも、いろいろ「反応」してもらえた方が嬉しい、
という話をしました。

皆さんは、「自分の話は、こういう風に聞いてほしい」というニーズがありますか?
セッションの際にリクエストしてみるのもいいかもしれませんね。

今日も、 最後まで読んでくださりありがとうございました。